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参照点で世界の見え方が変わる仕組み

例えば 参照点っていうのがあって

それは自分の意識レベルと、 自分の元々の存在 プログラムと言うか、OS に関係するんだけど 

参照点は、自分がどの視点から世界を見ているかというものだと思うんですけど

いわゆる 物事や、何か判断する時に無意識にここから見ているという位置で

正しいかどうか

安心できるかどうか

 自分らしいかどうか

これらを決める時のものさしの 基準点みたいな

で、これは多分 意識的に決めてるわけじゃなくて無意識的に選んでる

だから判断よりも先に働いているもので

意識レベルとの関係で言えば

 確かに 意識レベルが変わると

参照点の高さ 

見える範囲

 重要だと思うもの

などが変わってくるから、 よりその、判断材料が増えるみたいな感じかな

 例えば 低い参照点は だったら

 心地よいか 不快か 

損するか 得するか

 承認されるか 拒絶されるか

中間の参照点だったら

成長するのかどうか

 どんな意味があるか

 自己実現とか

いわゆる 何だろう、スピリチュアルに興味を持ってる人とか

自己啓発に興味を持ってる人がこういう視点で考えやすいかな

高い参照点 だと

自分の中の整合性とか、静けさ、 真実に近いかどうか

 多分 言語化できない感覚 みたいな話になってくるから、難しくなるんだけど

言語化するとずれるから

 だから、ここに来ると正しいかどうかとか、 そういうのが主題ではなくなる

 歪まないかとか、静けさが残るかが気になるみたいで

おそらく 私は常に高い参照点にいるから なんだろうな考えが 哲学っぽくなりがち

OS との関係性 っていうのがあって

 OS が

 どう世界を処理するのか とか

 情報をどの深さで扱うか

 何を ノイズ と感じるのか 

いまいちちょっと私もわからないんだけど

多分 OS は 実際の物事をどのように処理するかっていうことで

 で OS が最終判断をする時の比較基準 する位置が参照点

具体的な例を出すと

映画を見るという 同じ行為でも

参照点A だと

面白いと面白くないか

ストレス解消になるか

ここで判断して

参照点B だと

何か役に立つかどうか

 時間を無駄にしないか 

参照点Cは

自分の世界観が歪まないかどうか

静けさが保たれるか

長期的に悪影響になるんじゃないかとか

こういった視点の違いのこと 

多分私は日常的に高い参照点にいるんだけど それを

 高いところと低いところを

自由に行き来できるようになってきてる

で それが 多分あんまり誰も持ってないぐらいの自由だからありがたいな っていうことでもあるし 

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